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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)9955号 判決

原告 加藤永子

右訴訟代理人弁護士 森谷和馬

被告 小松男也

右訴訟代理人弁護士 金田賢三

右同 金田英一

主文

一  被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和五五年一〇月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告の地位

被告は、「グリム歯科」という名称で歯科の診療に当たっている歯科医師である。

2  本件事故の発生

(一) 原告は、昭和四四年ころ、左側眼瞼下垂の症状が現れ、昭和四七年ころには重症筋無力症(生理的範囲を超えた骨格筋の易疲労性、脱力、麻痺状態等の症状を示す。)と診断され、薬物療法及び外科的療法を受けてきた。

(二) 原告は、昭和五一年三月ころから、被告から虫歯治療及び義歯作成につき診察を受けるようになった。

(三) 原告は、同年三月一一日、初めて被告の診察を受け、同年五月一〇日、上顎左七番歯につき抜髄、根管拡大治療を受けた。右各治療の際、被告が原告の口腔内に局所麻酔剤であるキシロカインを注射したところ、原告は、その場で、呼吸困難、歩行困難その他の全身の筋力麻痺状態(以下、単に全身の筋力麻痺状態とするときは、呼吸困難、歩行困難等の諸症状を伴なうものとする。)に陥った。

また、原告は、同月二五日、虫歯治療のため、被告方に来院したが、その際、被告は、皮内テストと称し、原告の腕にキシロカインを注射したところ、原告は、全身の麻痺状態に陥った。

さらに、同年一一月一九日にも、原告は下顎左四番及び五番歯の治療のため被告方に来院したが、その際、被告が原告に対し麻酔剤である笑気を吸入させたところ、原告は、暫くの間意識不明となった。

(四) 原告は、右同日、北里研究所附属病院に入院した。入院後も原告は、重篤な症状が続いたが、治療の効果があって、同年一二月二九日、同病院を退院した。しかし、その後も、依然、上肢下肢の筋力低下等の症状に悩まされている。

3  被告の責任

(一) 被告方での初診の際、原告は、被告に対し、前年一〇月ころ、東京医科歯科大学で虫歯治療のため抜髄した際、局所麻酔を使用したことにより、筋力麻痺症状が生じたこと、自己の既往歴、特に甲状腺機能亢進の傾向があること、重症筋無力症に罹患していること、医師から重症筋無力症は、麻酔によって急激な症状悪化(急性増悪)を生ずる危険があると注意されてきたことを説明し、麻酔を使用することなく治療するよう依頼した。

(二) 右のとおり、原告は、被告に対し、自己の既往症を詳細に説明し、かつ、局所麻酔剤を使用しないよう告げたのであるから、被告には、医師として、治療に関する患者の意思や要望を尊重し、かつ、医学上危険な治療方法を避け、患者の生命身体の安全を確保すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、前記2(三)のとおり、局所麻酔剤であるキシロカイン及び笑気を使用した過失がある。

4  因果関係

原告は、被告方を訪れた時、重症筋無力症の既往症はあったものの、殆ど治癒した状態にあったが、被告の本件各治療行為の直後に全身の筋力麻痺状態に陥り、その後も上肢下肢の筋力低下等の症状に悩まされている。したがって、原告の右全身の筋力麻痺状態及び上肢下肢の筋力低下等は、いずれも、被告による本件各治療行為が誘因となって発生した症状である。

5  損害

右2の症状により、原告が被った精神的損害に対する慰藉料は、金三〇〇万円が相当である。

よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づき金三〇〇万円及び各不法行為の後である昭和五五年一〇月四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2(一)、(二)の事実は認める。

2  同2(三)の事実のうち、各治療時において、原告が全身の筋力麻痺状態に陥ったこと及び昭和五一年一一月一九日の治療の際に原告が意識不明になったことは否認するが、その余は認める。

3  同2(四)の事実のうち、原告が北里研究所附属病院へ入院したことは認めるが、その余は否認する。

4  同3(一)の事実のうち、原告が被告に対し、自己の既往症特に甲状腺機能亢進の傾向があること、重症筋無力症に罹患していると述べたことは認めるが、その余は否認する。

同3(二)の事実は、否認する。

なお、昭和五一年五月一〇日、被告は、原告から過去に全身麻酔又は局所麻酔の下で種々の手術及び歯科治療を受けたことがあること、東京医科歯科大学病院で歯科局所麻酔を受けた際、原告には脱力感があっただけであることを聞いていたため、局所麻酔剤を使用しても何らの支障もないものと判断し、同日、局所麻酔を実施する旨を原告に告げて二パーセントキシロカイン(アドレナリン含有)一・五CCを注射したが、原告がコップの把握困難、構音障害、唾液の分泌増多等の脱力症状を呈したため、しばらく休ませたところ、自力歩行が可能となったので、原告を帰宅させた。被告は、その際、原告が東京大学神経内科において治療を受けており、その担当医が清水照雄医師であることを聞いたので、その後、同医師に連絡をし、原告の右症状にいたる経過を説明し、局所麻酔剤の投与と右症状との結びつきについての意見を求めたが、同医師は、その点については分らないこと、今後検討して何か分れば被告に連絡する旨答えた。

また、同年五月二五日、被告は、原告が同年五月一〇日に示した前示脱力症状からみて、原告にはアドレナリンが禁忌ではないかと考え、アドレナリンを含有していない一パーセントキシロカインなら使用できると判断し、この旨を原告に告げてその承諾を得て、同キシロカイン〇・二CCを検査目的で原告の腕に注入したところ、やはり、同月一〇日同様の症状が見られたが、その症状はかなり軽度であった。

昭和五一年一一月一九日、原告は、下顎左の四番、五番歯の知覚過敏を強く訴えてきたので、被告は、これを治療するには、最も安全とされる笑気の鎮静、鎮痛効果を利用して窩洞形成を行い、ユージノールを充填する必要があると判断した。そこで、被告は、原告に対し、笑気は不活性で安全である旨を十分説明し、原告の了承を得た上で、一〇パーセント濃度の笑気を吸入させた。被告は、吸入後二分半位で特に異常がないことを確認し、濃度を三〇パーセントに上げ、三、四分経過したところでマスクをとって原告と会話をしたところ、原告に構音障害、歩行障害等の脱力症状が生じた。このため、被告は、直ちに前記清水医師に連絡し、原告の症状を伝えて、その処置につき指示を仰いだところ、安静にさせたうえ帰宅させ、異常があれば連絡して欲しい、また一一月二二日に外来に来院するよう伝えて欲しい旨の指示があった。被告は、原告を安静にさせたところ、歩行が可能となったので、右の清水医師の指示を伝えて、原告の勤務先まで原告を送って行ったものである。

5  同4の事実のうち、原告に重症筋無力症の既往症があったことは認めるが、その余は否認する。

6  同5の事実は、知らない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  同2(一)、(二)の各事実は、当事者間に争いがないので、同2(三)の事実について判断する。

昭和五一年三月一一日、原告が初めて被告の診察を受け、同年五月一〇日、同月二五日、同年一一月一九日に、原告が被告から請求原因2(三)記載の各治療を施されたことは、当事者間に争いがなく、昭和五一年一一月一九日の治療に際して原告が意識不明に陥ったことを認めるに足る証拠はない。

しかし、《証拠省略》を総合すれば、次の各事実を認めることができ、これを覆すに足る証拠はない。

1  昭和五一年五月一〇日の診療時において、被告が原告の口腔内にキシロカインを注入して間もなく、原告に発音障害、構音障害、唾液の分泌量増加、軽度の呼吸困難、介助を要する程度の握力低下の各症状が発生した。

2  同年五月二五日の診療時において、被告が原告の腕にキシロカインを注入して間もなく、原告に五月一〇日の際の症状よりは軽度であるが、それと同様の症状(ただし、唾液の分泌量増加を除く。)が発生した。

3  同年一一月一九日の診療時において、被告が原告に笑気を吸入させて後間もなく、原告に、構音障害、呼吸困難、強度の脱力感、下肢の筋力麻痺による歩行困難の各症状が発生した。

三  同2(四)の事実について判断する。

《証拠省略》を総合すれば、次の各事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。

1  昭和五一年一一月一九日、被告方で前記認定の状態に陥った後、被告と共に、被告医院から原告の勤め先である日比谷の株式会社三井銀行日比谷支店の医務室に行き、応急措置を受けたが、症状が軽減しなかったため、同日北里研究所附属病院に入院した。

2  入院後も、原告の前示認定の状態は続いたが、酸素吸入や点滴治療を受けて右症状は徐々に改善し、原告は、同年一二月二九日、同病院を退院するに至った。しかし、その際も車いすを使用して帰宅し、食事も流動食をとるという状態であった。

3  その後も、下肢の筋力麻痺による歩行障害等の症状は続き、原告は、自宅での安静、加療を余儀なくされた。

4  原告は、昭和五二年末に結婚し、昭和五四年七月一八日に子供を出産した。原告の病状は、妊娠中に一時好転したが、出産後に再び悪化し、重い物を持ったり、長時間歩行することができず、一日に八回ないし一〇回ほど薬を服用するなど、家事、育児その他の日常生活に重大な支障を来たすこととなり、昭和五七年に至っても、なお上肢下肢の筋力低下に悩巷されている。

四  同3(一)(二)の各事実について判断する。

《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1  原告は、昭和五〇年ころ、甲状腺機能亢進の疑いがあったことから、これについて精密検査等を受けていたところ、同年一〇月ころには、東京医科歯科大学矯正科に歯列矯正のため、同大学第二保存科に虫歯治療のため各通院していた。同年一〇月に原告は、右第二保存科において、虫歯治療のため口腔内に局所麻酔剤であるキシロカイン(エピレナミン含有、なお、エピレナミンとは、アドレナリンの別名である。)の注入を受けたが、その際、筋力低下、発音障害、呼吸困難等の筋力麻痺症状が発生したため、虫歯治療を中断せざるをえなくなった。原告は、麻酔に強い恐怖感を抱き、右矯正科医師である関口武司に対し、右の症状発生を説明し、麻酔は怖いので麻酔しないで虫歯治療や入れ歯作成をしてもらうよう依頼したところ、右関口武司は、右大学は専門が細分化されていて虫歯治療と義歯作成に時間がかかるから、開業医に一括して治療してもらった方がよいと判断し、被告に紹介状を書いた。

2  原告が昭和五一年三月一一日に虫歯治療のため被告方を訪れた際、原告は、被告に対し、前記関口武司が被告に宛てた「原告が麻酔に対してセンシティヴである。」と記載された紹介状を示し、同時に、自己の既往症につき、重症筋無力症であること、甲状腺機能亢進の傾向があることを説明し、さらに昭和五〇年一〇月にキシロカイン(エピレナミン含有)を口腔内に注入した際の状況を述べ、麻酔は怖いので麻酔を使わないで治療して欲しいと述べた。

3  被告は、その当時、甲状腺機能亢進のある者にとってアドレナリンは禁忌であり、重症筋無力症の合併症として甲状腺機能亢進が多くの症例において認められることを知っていた。

4  昭和五一年五月一〇日に、原告が被告方に診療を受けに来た際、被告は、原告に対し、事前に原告の承諾を受けることなく、二パーセントキシロカイン(アドレナリン含有)を使用し、原告の左上七番歯の注射抜髄をしたところ、右治療後、原告は、前記二1の認定の諸症状を呈したので帰宅できるようになるまで約三時間被告方で休息した。

5  同月二五日、被告は、原告が右4記載の状態に陥ったのは、アドレナリンのためであると判断し、アドレナリンを含有していないキシロカインが使えるかどうかをテストするため、原告の事前の了解を得ることなく一パーセントキシロカイン(アドレナリンを含有しない。)を原告の腕に注入した。その直後、原告は、前回よりも軽微であるが前記二2において認定の諸症状を呈した。

6  その後も、原告は、前記関口武司から、麻酔を使わないように頼んでおくから今度は大丈夫だと説得され、被告医院に数回通院し、その間被告は、原告にイオン導入(パイオキュア)による治療を施し、かつ義歯の作成及びその調整を行った。

被告は、前二回の症状から、原告は、塩酸リドカイン(キシロカイン)に過敏でありこれを使用することはできないと考えていたところ、昭和五一年五月一一日、原告が下顎左四番、五番の歯(第一、第二小臼歯)の知覚過敏を訴えていたことから、笑気は、麻酔薬としては、麻酔効果が弱いので比較的安全であり、これを用いた笑気鎮静法により窩洞形成をして治療することは可能と判断し、事前に笑気鎮静法についての説明をすることなく、また原告の呼吸数、脈拍数の測定及び排尿指示なども行わずに、一〇パーセント濃度の笑気を原告の口腔内に吸入させ、さらにその濃度を三〇パーセントにまで上げた。この直後、原告には前記二3において認定の各症状が生じた。

以上の1ないし6の事実を総合すると、被告は、原告から、昭和五〇年一〇月に東京医科歯科大学で虫歯治療を受けた際に局所麻酔によって異常が生じたこと、原告が重症筋無力症であり甲状腺機能亢進の疑いもあることなどの説明を受け、かつ、麻酔剤を使用しないよう依頼されていたのであるから、被告には、医師として正確にこれを聞きとったうえ、右要望にしたがって麻酔剤を使用せず、仮に使用する必要があっても、使用前に使用薬剤の原告に及ぼす効果の安全性を十分確認し、原告に対し麻酔剤の説明をして十分な準備措置を講ずる注意義務があるのに、これを怠り、昭和五一年五月一〇日と同年一一月一九日に原告に麻酔剤を使用した過失があると認めることができる。しかし、同年五月二五日の麻酔剤使用は、単にアドレナリンを含有していないキシロカインが、原告に対して使用できるかをテストするため原告の腕にこれを注入したのであり、事前に原告に右テストの説明をしなかった点は、不相当と言わざるをえないところであるが、これをもって直ちに被告に過失があると認めることはできない。

なお、被告は、原告から麻酔を使用しないよう依頼されたことはない旨主張し、被告本人尋問においては、右主張に沿った供述があり、さらに右尋問において、原告の既往症について、甲状腺機能亢進の傾向があるとの説明を受けていないこと、昭和五〇年一〇月の局所麻酔による虫歯治療の際、原告には脱力感があっただけである旨の説明を受けたこと、各麻酔剤の使用に際し、事前に原告に対し麻酔剤の説明をして原告の了解を得たことを供述しているが、前示認定の原告が昭和五〇年一〇月に局所麻酔を受けた際に筋力麻痺症状が発生したことにより麻酔に対し強い恐怖感を抱いていた事実、被告方に通院するようになった経緯に鑑みると、原告が被告に麻酔を使用しないよう依頼しなかったとは考えられず、《証拠省略》に照らしても、右各供述は、にわかに措信し難く、他に右1ないし6の各認定事実を覆すに足る証拠はない。

五  そこで、同4の事実のうち、昭和五一年五月一〇日及び同年一一月一九日における被告の原告に対する麻酔剤の使用が前示三1ないし4において認定の原告症状の誘因となったかについて判断する。

原告が、昭和四九年ころ、重症筋無力症と診断されていたことは、当事者間に争いがなく、右事実及び《証拠省略》を総合すれば次の事実が認められる。

1  原告は、昭和四七年三月ころ、重症筋無力症の診断を受け、昭和四八年一月ころより抗コリンエステラーゼ剤投与、同年七月ころよりステロイド剤投与、コバルト療法等を受けた。その後、更に、ACTH大量療法、ステロイド剤投与を受けたが、昭和四九年一一月には慶応義塾大学附属病院において胸腺摘出手術を受けた。

2  術後経過は良好であったが、その後、心悸亢進、眼球突出傾向等の症状が現れ始め、甲状腺機能亢進の疑いのため、昭和五〇年三月一七日、甲状腺機能亢進についての精密検査と気管切開部瘢痕切除等の処置を受け、昭和五一年四月ころまでは依然として抗コリンエステラーゼ剤投与を受けてきたが、原告は、前示二1ないし3記載の各麻酔剤使用の後、前示二1ないし3において認定のとおりの状態に陥るまで、昭和五〇年一〇月ころ東京医科歯科大学における虫歯治療の際、局所麻酔使用によって呼吸困難等の症状に陥ったほか、筋力麻痺、呼吸困難、歩行困難の状態が生じることはなかった。

3  しかし、原告の重症筋無力症の症状は、昭和五四年七月の出産によって増悪しており、また昭和五七年三月二三日に感冒に罹患した際にも右の症状が憎悪している。

以上の事実並びに昭和五一年五月一〇日、同月二五日及び同年一一月一九日の各治療行為直後に原告が前示二1ないし3認定の各状態に陥ったこと及び前示三1ないし3の各認定の同年一一月一九日被告方での治療後に北里研究所附属病院に入院し、以後出産に至るまで下肢の筋力麻痺による歩行障害の状態が続いたことを総合すると、初診時における症状がその際の診療に用いた麻酔剤に基因するものであることはもちろん、少くとも昭和五一年一一月一九日から原告の出産までに生じた原告の右症状は、いずれも被告の原告に対する昭和五一年五月一〇日及び同年一一月一九日の治療に伴なう麻酔使用が誘因となって発生した症状であると推認することができる。おって、前示二2において認定の被告による昭和五一年五月二五日に原告に対する麻酔剤の使用もまた原告の右症状の誘因の一つとなっていることも考えられるが、右麻酔剤はアドレナリンを含有していない一パーセントキシロカインであること及びこの際原告が示した症状は比較的軽微なものであったことに鑑み、たとえ同日の麻酔剤の使用がなかったとしても、右の結果の発生はあったものと推認することができる。

しかし、原告の前記三(四)の症状については、出産や感冒によって憎悪した可能性を否定することはできず、右の症状がすべて昭和五一年一一月一九日における被告の笑気使用に基因するものであると推認するには足りない。

六  同5の事実について判断する。

前記二1及び3において認定の昭和五一年五月一〇日及び同年一一月一九日の各麻酔剤使用によって生じた原告の各症状及びその後昭和五四年七月一八日までの二年八月にわたって継続した症状による肉体的苦痛及び生活上の支障、被告の麻酔剤使用によって誘発された症状改善のため原告が昭和五一年一一月一九日から同年一二月二九日までの四一日間の入院及びその後の通院を余儀なくされたことの苦痛並びに本件麻酔剤の使用が、一度ならず行われた原告の明示の意思に反するものであったことを考慮すれば、原告が著しい精神的損害を受けたことは明らかであり、これを慰藉するためには、金三〇〇万円を要すると認めるのが相当である。

よって、原告の請求は、理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 富越和厚 萩原秀紀)

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